佐伯市平和祈念館やわらぎ
文章;昭和9年、佐伯海軍航空隊が設置された佐伯市は、軍都として発展しました。佐伯市平和祈念館やわらぎでは、航空隊の開隊から終焉、真珠湾攻撃と佐伯、戦時下の市民の暮らし、戦いやまぬ世界などのテーマに沿って、資料や写真、体験者の証言映像などを展示しています。また、屋外では佐伯湾に墜落した米軍機の残骸なども見ることができます。世界に大きな傷跡を残した先の大戦で、佐伯の果たした役割を検証し、平和な未来を築くために何が大切かということを子どもたちが考える機会になるでしょう。
<データ>
所在地:〒876-0811 大分県佐伯市鶴谷町3丁目3番12号
電 話:0972-22-5700
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝祭日の場合はその翌日)、12月29日~1月3日
観覧料:一般300円、小・中・高校生100円、未就学児無料(15人以上の団体は大人200円、小・中・高校生50円)※身体障がい者手帳・療育手帳・精神障がい者福祉手帳の提示者とその付添人1人は無料
関連サイト:佐伯市平和祈念館やわらぎ
豊予要塞と丹賀砲台の悲劇
豊予要塞(ほうよようさい)は、豊予海峡の防備のため設置された大日本帝国陸軍の二等要塞で、四国側の佐田岬地区、九州側の鶴見半島地区及び佐賀関(関崎・高島地区)の3つの地区に分かれていました。各砲台を護る豊予要塞重砲兵連隊は、1941年(昭和16年)に佐賀関で編成されました。
豊予要塞の司令部は、関崎砲台から3.5㎞離れた場所(現在の佐賀関中学校)に官舎がつくられ、砲台は終戦を迎えるまで実践で使用されることはありませんでしたが、昭和17年1月11日、鶴見地区の丹賀鉄砲台で実施した実弾射撃の際に腔発事故を起こし、16名が死亡、28名が負傷するという悲しい事件が起きました。
爆発事故で亡くなった内藤中佐以下16名の名前が彫られた慰霊碑があります。 隣接して、太平洋戦争で亡くなった旧鶴見町の方々465名の名前が刻まれた平和の塔があります。
丹賀砲台は、大正15年10月に起工し完成は昭和8年10月、8年の歳月をかけて建設し、工員が増えることで町は賑わったそうです。昭和16年12月、真珠湾攻撃があり大戦がはじまりました。 翌年の昭和17年1月11日、戦闘に備えて実射訓練を開始。8発を発射し最初の4発は射程距離1万メートル(10km)、後の4発は射程距離2万メートル(20km)を発射。最後の1発が砲身の中で暴発し、砲塔井の根元から吹き飛ばされました。爆音が地区に鳴り響き窓ガラスが割れ、真っ黒い煙が立ち上りました。亡くなった方々は事故死として処理され、補償はありませんでした。当時の時代背景出来事、砲台の仕組みなどを詳しい話を聞くことが出来ます。
旧鶴見町の指定を受け、2000年より丹賀砲台園地の運営管理を担う館長の小林直幹さん。事故のあった昭和17年1月11日当日は、小林さんの誕生日を祝う会が催されていたという。
<データ>
所在地:大分県佐伯市鶴見丹賀浦
電話:0972-34-8222
観覧日:火・水曜日定休(国民の休日の場合は翌日定休/年末年始12/29~1/3休園)
営業時間:9:30~16:30
観覧料:大人 200円、小・中学生 100円
駐車場:30台(大型バス 5台)
関連サイト:丹賀砲台園地
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